カラオケとは、楽曲の伴奏部分だけが吹き込まれている音楽テープやディスク、またはそれらに合わせて歌を歌うための装置、もしくはその装置を使って歌うことや、歌うための場所を提供している店(カラオケボックス)のことを指す。歌ってストレスを発散させたりするため、娯楽に分類される。
カラオケの機械この形式は日本で生まれたもので、英語のKaraoke(「キャリオキ」と聞こえる)や中国語の卡拉OK (kǎlā OK) 、ロシア語のКараокэなど、外国でも日本語の音をそのまま使った言葉が使われている。
語源
カラオケの語源は、カラは「空」、オケは「オーケストラ」の略で、元々は、オーケストラによる生演奏ではなく、テープやレコードで代用することを表す放送業界での言葉だった。
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使用される媒体
音楽メディアの進化にしたがって、8トラック、コンパクトカセット、レーザーディスク(VHD)、ビデオCDなどを経て、日本では現在は通信カラオケが主流となっている。
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発明
最初のカラオケ装置は「8ジューク」という名称で、1971年に井上大佑という一人のバンドマンによって発明された。
その発端は、なじみの客からの「社員旅行で使いたいので、伴奏だけを入れたテープ(=カラオケテープ)を作って欲しい」という依頼で、彼はそこから潜在的な需要に気づいた。そこで8トラックのカラオケテープを作り、コインボックス式の再生装置に入れて、スナックなどに置くこととした。当時の料金は5分で100円だった。
8トラックのテープを使い、また曲にアレンジを加えて長さを調整することで、1本のテープに何曲も入れることができ、また、できるだけ早く頭出しが出来るようになっていた。1曲は3~4分になるように調整されており、1曲目を気分よく歌ったあと、2曲目の途中で次のコインを投入する必要が出てくるため、客はついつい100円玉を景気よく使ってしまう……というパターンが生まれた。
また、カラオケというビジネスモデルが成功した理由のひとつとして、このときリースを導入したことが挙げられる。新譜が次々と出る状況で毎回テープを購入していては店が大変だろうという配慮からと言われているが、それが今日に続く隆盛の原動力の一つとなった。
技術としては様々な変遷があるものの、カラオケという装置およびビジネスモデルは井上がセットで生み出したことになるが、彼は特許を取得していなかった。もし特許を取得していたとしたら、年に100億円の特許権収入が発生するという試算もある。
彼は後にタイム誌の「今世紀、アジアにもっとも影響のあった人物20人」という特集(1999年)の中で「毛沢東やガンジーがアジアの昼を変えたならば、井上はアジアの夜を変えた男だ」と紹介された。 また2004年10月1日(JST)、井上にイグノーベル賞(平和賞)が贈られた。
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バリエーション
本来、伴奏部分だけのものがカラオケであるが、練習用ということでヴォーカル部分を含んで再生可能な機能を持つカラオケシステムも多数ある。歌う側にあわせてキーを変化させたり、スピードを調整したり、また、男性の声を女性の声に、女性の声を男性の声に変換させたりすることも可能となっている。カラオケ演奏機がゲーム機能や点数をつけたりする機能を備えている場合もある。
カラオケ演奏機は、本体にあるボタン、つまみで操作するほか、通常はリモコンでも操作可能である。選曲は、歌曲を歌手別あるいは歌詞の出だし順に並べた本で、曲名の索引なども参照して、歌いたい曲に割り当てられた番号を検索し、その番号を機械に入力することにより行われる。
当初は、歌詞カードや歌詞の書かれた本を見ながら歌っていたが、現在ではモニターに歌詞が字幕スーパーの形で表示され、歌う部分を色を変えて示す仕組みになっている。
近年は歌唱にとどまらず、ブレーンの吹奏楽CD「マイナス・ワン」シリーズのように特定の楽器のソロパートを除いた「楽器演奏用のカラオケ」も現れている。
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文化としてのカラオケ
カラオケは、スナックなどの飲食業者の店舗や、ホテルの宴会場などに置かれることが多かった。現在では、カラオケを専門的に提供する、カラオケボックスという事業形態が盛んになっている。
カラオケボックスでは、受付で利用予定時間を告げ、操作用のリモコンなどを受け取ると、機器を備えた個室に案内される。照明を暗くしたり、ミラーボールなどの演出が施され、アルコール類を含む飲食が可能である。個室のドアは、防犯上の理由からその一部にガラスがはめ込まれている。利用料金は、時間と人数により積算される。
カラオケは、学生のコンパやサラリーマンなどの懇親会の二次会の会場としてよく利用される。
1990年代の日本でシングルCDのミリオンセラーが多発した大きな理由の一つに「カラオケで歌う歌を覚えるためにCDを買う」ということがあった。
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通信カラオケ登場
1992年、タイトーは世界初の通信カラオケ「X2000」を発売。同年、エクシングも「JOYSOUND」を発売。これまでのカラオケの難点を克服。新曲の配布が早い、大量にソフト(メディア)を継ぎ足す必要がない、小型化による省スペース化とプラス面がある一方、マイナス面もないわけではない。
初期の通信カラオケは、音質の悪さと映像のバリエーションが貧弱などクリアしなければならない面もあった。その後、他メーカーも相次いで参入。第一興商は「DAM」、ギガネットワークスは「GIGA」、パイオニアは「BeMAX'S」、ビクターは「孫悟空」、セガは「セガカラ」、有線ブロードネットワークスは「U-kara」を発売。
詳細は通信カラオケを参照のこと。
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小型化
マイク一体型カラオケの登場。ハードウェアに収録済みの曲と、それに補充するロムを使用し、個人用でカラオケボックスにも負けない人気を得た。曲の多くは懐メロや歌謡曲、演歌など高年層好みが中心であり、若年層が中心のJ-POPは半分しかないのが現状である。
個人用としては、携帯電話やパソコンにカラオケソフトや楽曲データをダウンロードする、新しいサービスも試みられている。
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カラオケボックス・ルーム
カラオケボックスは、当初は岡山県内において廃車になった貨物列車/トラックのコンテナを改造したのが始まりである。近年はカラオケ専門のルームタイプが主流である。
詳細はカラオケボックスを参照のこと。
ソングパーク [1]
カラオケの鉄人
パセラ [2]
BIG ECHO [3]
U-STYLE/U-BOU [4]
歌広場 [5]
カラオケ館 [6]
JJCLUB100 [7]
ジャンボカラオケ広場 [8]
シダックス [9]
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オリコンカラオケチャート
オリコンでは、1990年代半ば頃から全国のカラオケのリクエストランキングを集計したカラオケチャートを発表している。ただし、データ集計にかかる時間の関係上、各カラオケメーカーが発表するデータよりも2週ほど遅れたランキングとなる。
カラオケチャートの特徴は、長期間にわたって1位やトップ10入りをする曲が多いことで、カラオケファンの人気曲がごく一部に集中していることを示している。また、毎年ある時期になると同じ曲が入ってくる(例えば高校野球の季節には岩崎良美の「タッチ」が必ず上位に入る)傾向が強いことも挙げられる。
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オリコンカラオケチャートの長期連続1位楽曲
43週 花/ORANGE RANGE(2004年~2005年)
18週 亜麻色の髪の乙女/島谷ひとみ(2002年)
17週 LOVEマシーン/モーニング娘。(1999年~2000年)
17週 世界に一つだけの花/SMAP(2003年)
15週 First Love/宇多田ヒカル(1999年)
14週 WHITE LOVE/SPEED(1997年~1998年)
14週 TSUNAMI/サザンオールスターズ(2000年)
13週 Automatic/宇多田ヒカル(1999年)
13週 Hello,Again~昔からある場所~/MY LITTLE LOVER(1995年)
12週 アジアの純真/パフィー(1996年)
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オリコンカラオケチャートの長期通算1位楽曲
44週 花/ORANGE RANGE(2004年~2005年)
40週 世界に一つだけの花/SMAP(2003年~2004年)
37週 涙そうそう/夏川りみ(2004年、2005年)※2005.11.14現在1位
22週 亜麻色の髪の乙女/島谷ひとみ(2002年~2003年)
17週 LOVEマシーン/モーニング娘。(1999年~2000年)
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海外のカラオケ
海外ではカラオケは日本と形態が異なる場合が多い。例えばタイのタニヤという日本人街に数多くあるカラオケは、サービス内容は日本のキャバクラに近く、日本人クラブの一種とされている。もちろん歌を歌うこともできるが、個室になっている店は少ない。