携帯電話

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携帯電話(けいたいでんわ)は、通信ケーブルを用いずに電話ができる電話機のこと、またこの電話機を利用して行われる移動体通信サービスの総称。通信手段として通信ケーブルを使わず、基地局との電波を利用した無線通信を利用する。マルチチャネルアクセス無線技術の一種でもある。

電気通信役務の区分では、かつての自動車電話から発展した電話網を指す。各種統計などでは、第二世代デジタルコードレス電話を起源として異なる発展をしたPHSを含むことも多い。なお、通信衛星による自動車・携帯電話に関しては衛星電話の項を参照のこと。

日本で、携帯電話が発売されたのは1987年で、当時は市販受信機により誰でも会話の内容を聞くことが可能なアナログ式であった。1993年に、会話の内容を聞くことが困難であり周波数使用効率にも優れたTDMA方式の第二世代携帯電話(2G)(PDC方式)サービスがNTTドコモにより開始された。そして、2000年10月以降は、すべてデジタル式となっている。

日本での歴史 bookmark

日本における携帯電話の加入数1979年の旧・日本電信電話公社による自動車電話サービス事業の開始から、電電公社と事業を引き継いだNTTが自動車電話事業を独占していたが、1988年から1989年にかけて、旧・IDOや旧・DDIセルラーが新規参入を果たし、初期費用や通話料金などの引き下げ競争が始まり、今まで、企業の経営幹部層(エグゼクティブ)にほぼ限られていた自動車電話のユーザーが、土木工事現場の連絡用などにも広がりを見せるようになった。

その中で、1989年、画期的な小型携帯電話「マイクロタック」が発売され、NTTも同様の小型携帯電話「mova」を開発して対抗した。

通信業界全体の大きなターニングポイントとなった1994年には、自動車・携帯電話機の買取制度が導入され、初期費用の大幅な値下げが行われたのとともに、新規参入の第二弾であるデジタルホングループ(現ボーダフォン)とツーカーグループの参入もあって、競争はさらに加速され、結果として携帯電話が広く一般に普及する下地が作られた。

翌1995年1月17日の兵庫県南部地震では、有線インフラに壊滅的被害が発生した中、無線の強さを発揮した(しかしながら当時の携帯電話は一部地区を除いて119番への接続が出来ず、この問題点も露呈した)。

同年にはPHSという新しい携帯通信サービスが始まり、通話料の安さと携帯電話に先駆けて始まったSMSのPメール(旧・DDIポケット)がヒットした事で若年層に普及したものの、たくさんの基地局を設置する必要があるマイクロセル方式を採用していた事による開始当初の電波状態の不安定さや、既に普及が始まっていた携帯電話との相互通話が当初は不可能だったという仕様上の問題もあって、逆に携帯電話の普及に弾みがつく結果となった。

文字転送サービス及び携帯電話でのE-mailの普及も相まって1986年頃から始まりバブル経済期に一世を風靡した無線呼び出し(ポケットベル)は、1999年頃から急速に携帯電話に取って代わられることになった。

携帯電話の契約数を多く獲得する目的で、購入時の端末価格を抑えるために、月々の基本料金から販売店へのバックマージンを支払うというビジネスモデル(インセイティブ制度)により、1円から数百円など端末原価を大幅に下回る価格で端末が乱売される事もあったが、その反面、中途解約に対して違約金を請求される「縛り」という問題もある。

2000年前後から、各キャリアの契約者数の延びが高まり、以前のように「無線の強さ」よりも、限られた電波帯域を奪い合う弊害の方が大きくなってきた。とりわけ大きな地震が起きるようになると一番手軽に対外情報を確認できるツールとして一斉に携帯電話を使うのが当たり前になってきているが、そのたびに各社携帯電話会社の設備容量を超える発着信が頻発し発信規制を敷くなど、1995年の兵庫県南部地震の頃とは変わってきている。規制は通話だけではなく、各社の通信サービスも対象となり、手持ちの端末がなにも機能を果たさなくなることが珍しくなっている(キャリアによっては、通話と通信(iモードなど)の規制を分離できるので、状況によって使い分けることが可能)。最大手のNTTドコモによると、大規模地震の時の発信数は通常時の数十倍と発表されている。そのため、公共インフラ機関など災害時の復旧を優先的に必要とする所向けに、発信規制時も優先的に接続できるサービスが提供されたり、効率的に情報をやりとりできる臨時伝言板サービスが設けられるなど対応が細やかになってきている。

年表 bookmark

1985年
NTTが初のポータブル電話機「ショルダーホン」発売
1987年
NTT、「ショルダーホン」より小型化した携帯電話機発売
1988年
日本移動通信(IDO、現au)及び関西セルラーなどDDIセルラーグループ各社(現au)が新規参入。NTTの独占体制が崩れる
1989年
DDIセルラー(現au)が初の超小型携帯電話機「モトローラ・マイクロタック」発売
1992年-1993年
NTTよりNTT移動通信網各社(現NTTドコモグループ各社)へ移動体通信事業移管
1993年
NTTドコモ、初のデジタル方式(PDC)携帯電話開始
1994年
携帯電話機の売り切り制開始
デジタルホングループ(当時・現ボーダフォン)、ツーカーグループ新規参入
1995年
7月1日 NTTパーソナル(現NTTドコモ)、DDIポケット(現ウィルコム)、PHS開始
1997年
デジタルホングループ、携帯電話初のショートメッセージサービス「スカイウォーカー」導入
1998年
DDIセルラー、初のCDMA方式cdmaOne開始
1999年
1月1日午前2時をもって携帯電話・PHSの番号11桁化(0x0-yz→090-xyz・070-xyz)
DDIポケットから移動体電話機として初のカメラ・カラー液晶・TV電話を搭載したPHS端末が発売される
NTTドコモとIDO(現au)、アナログ(ハイキャップ)方式終了
デジタルホン・デジタルツーカーグループが統合しJ-フォングループに社名変更
携帯電話からのインターネット接続サービス(携帯電話IP接続サービス)「iモード」、「EZweb」開始
2000年
DDIセルラー・IDO、アナログ(TACS)方式終了。これによりアナログ方式は全キャリアでサービス終了
KDD・DDI・IDO合併によりKDDI発足
沖縄セルラーを除くDDIセルラーグループ各社が株式会社エーユーに統合(関西セルラーを存続会社とした合併。本社が大阪にあったのはそのため)、沖縄セルラーとKDDI本体に合併した旧・IDOを含め、統一ブランド「au」の名称を使い始める。
J-PHONE(現ボーダフォン)から携帯電話では初のカメラ付き携帯電話が発売される。
2001年
KDDIが株式会社エーユーを吸収合併
NTTドコモ、自社開発の第三世代携帯であるW-CDMA方式「FOMA」開始
2002年
携帯電話の番号に、「080」が追加される
4月1日 KDDI・沖縄セルラー(au)、cdmaOne方式の発展型第三世代CDMA2000 1xMC方式「CDMA 1X」開始
J-フォングループの持株・事業会社をJ-フォン株式会社に一本化
J-フォン、NTTドコモ開発の第三世代携帯であるW-CDMA方式「ボーダフォングローバルスタンダード(VGS)」(現ボーダフォン3G)を開始
2003年
J-フォン株式会社、ボーダフォン株式会社に社名変更
KDDI・沖縄セルラー(au)、PDC方式終了
11月28日 KDDI・沖縄セルラー(au)、CDMA2000 1x EV-DO方式「CDMA 1X WIN」開始
2005年
2月2日 DDIポケットはウィルコムへ社名変更
3月31日 NTTドコモ、プリペイド式携帯電話の新規受付を終了
4月30日 ドコモPHSの新規受付を終了
5月1日 ウィルコムは個人契約可能なプランでは国内初のウィルコム同士通話定額を開始
10月1日、ツーカーグループ3社(株式会社ツーカーセルラー東京、株式会社ツーカーセルラー東海、株式会社ツーカーホン関西)がKDDIと合併。事実上の吸収。
2006年
1月28日 モバイルSuica JR電子マネー「Suica」対応開始
2月23日 ウィルコム、高度化PHS方式「W-OAM」開始
4月1日 1セグメント放送「ワンセグ」開始
同日 携帯電話不正利用防止法が全面施行
6月30日 KDDI ツーカー新規受付を終了
8月1日 ドコモHSDPA(いわゆる3.5世代)を開始
10月1日 ボーダフォン株式会社、ソフトバンクモバイル株式会社に社名変更および、HSDPA運用開始予定(ただし、まだHSDPA対応端末の発表がされていないので、サービス開始は少し後になる模様)
10月24日 番号ポータビリティ制度開始予定
2007年
4月以降、携帯電話事業者が新規に提供する第三世代携帯電話端末は、110番通報や119番通報のレスポンスタイムを固定電話並に向上するため、原則としてGPS測位方式による位置情報通知機能に対応
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サービス
2001年には通信速度の高速化、電波利用効率の更なる改善、通話・通信品質の向上、国際ローミングサービスの拡充などを目的としたCDMA方式の第三世代携帯電話(3G)(FOMA、W-CDMA方式)サービスがNTTドコモにより開始された。2002年にはKDDIがCDMA2000 1xのサービスを開始。

なお、日本以外ではアナログ式が残る地域(例・北米)も存在する。

日本での携帯電話事業は、2006年現在

NTTドコモグループ(NTT DoCoMo?
KDDI(au by KDDI・Tu-Ka by KDDI)
沖縄セルラー電話(au by KDDI)
ボーダフォン → 2006年10月1日付けでブランド名を「SoftBank?」に変更予定。
日本では、携帯電話やPHS事業者は、当初地域ごとに別の会社でなければならなかった。その後KDDI(沖縄を除く)やボーダフォンは、全国地域会社を統合している。

BBモバイル(ソフトバンク)、イー・モバイル(イー・アクセス)が1.7GHz帯・W-CDMA、アイピーモバイルが2.0GHz帯・TD-CDMA方式による新規参入を表明、2005年9月に基地局の免許を申請し、フィールドテストなどが行われている。同年11月にはこの3社に対し総務省が参入の認定を行い免許を交付した。アイピーモバイルが2007年春、イー・モバイルが2007年3月15日にサービスを開始する予定である。

BBモバイルは当初、2007年4月1日にサービスを開始する予定であったが、ボーダフォンを買収し、その既設施設と割り当て周波数帯を利用するため、2006年4月ソフトバンクに交付された免許の返上を申し出た。今後はボーダフォンをソフトバンクモバイルへ商号変更・ブランド名をソフトバンクとし事業を展開する。

自動車・オートバイなどを運転中に通話や端末のボタン操作を行うことによって引き起こされる事故などが社会問題となっている。日本では1999年11月から、自動車・オートバイ運転中での使用が法律で禁止となり、さらに2004年11月からは無条件罰則対象となったため、運転者は停車中以外、通話をしたり携帯端末の表示画面を覗いたりすることは一切できなくなった(ハンズフリー通話等は対象外)。また、歩行しながらや自転車に乗りながらの通話やメールといった行為が若い年代層の間で流行していることも問題視されている。これを禁止する法律や罰則規定は今のところはないが、夢中になるあまりに周囲が見えず交通事故に遭うという事例は実際に発生している。

電話サービス bookmark

日本国内では、サービス上の料金制度として、月額基本料に無料通話分を含んだ、通話の状況に合わせたパック料金がある。また、料金前払いのプリペイド式携帯電話もある。国外では、固定電話よりも普及の早い発展途上国もあり、時間貸しの公衆電話としての利用もある。

日本の場合、電報、コレクトコール、ダイヤルQ2、ナビダイヤル等、テレドーム等は、全部または一部の事業者から利用不可のものがある。また、フリーダイヤル等は掛ける先(着信)側での契約がされてないと掛けられない。新幹線公衆電話からはNTTドコモ以外のキャリアには発信できない。

ビジネスモデル bookmark

日本の携帯電話ビジネスモデルは、垂直統合モデルと呼ばれる。これは、通信事業者が指導的立場に立って端末やサービスの仕様を決定し、端末メーカーやコンテンツプロバイダはこれに従うというものである。端末やコンテンツが事業者ごとに囲い込まれるため、新機能や新サービス、またそれを生かしたコンテンツを足並みをそろえて速やかに普及させることができる。

また、端末は事業者を通じて契約商品として販売され、その後の料金収入を当て込んだ多額のインセンティブによって端末販売価格の大幅な値引きが可能となるため、高機能端末の普及も促進される。しかし、利用者が事業者と端末の組み合わせを自由に選ぶことはできない(電話番号と事業者の関係については番号ポータビリティにより自由化される見込みであるが、事業者と端末の関係については引き続き固定されたままであり、たとえばNTTドコモの端末をボーダフォンの契約で使うことはできない)し、ある事業者のもとで提供されているコンテンツ(たとえばJavaアプリ)を他の事業者で利用することも難しい。

一方、海外のビジネスモデルは水平分業モデルと呼ばれ、事業者は通信サービスの提供、端末メーカーは端末の開発に専念し、両者はほぼ対等の立場となる。特にGSM方式やW-CDMA方式では、SIMカードにより契約と端末が分離されているため、端末は(固定電話機のように)事業者とは直接関係のない単なる電気製品に過ぎない。したがって、利用者は基本的には事業者と端末の組み合わせを自由に選ぶことが可能であり、コンテンツも特定の事業者に縛られるようなことはない。その反面、端末販売価格はインセンティブが働かないため製造コストがそのまま反映され、とくに高機能端末は非常に高価となりなかなか普及しない。また、端末やサービスの仕様については、最低限の共通規格を除けばばらばら(端末メーカー次第)であり、新機能や新サービスのスムーズな普及も難しい。

※なお、海外でも北米のようにSIMカードを使わない方式が一般的な地域では、契約と端末の分離があまり進んでいないため、垂直統合と水平分業の中間のようなスタイルとなる。

このようなビジネスモデルの違いにより、日本と海外では端末やサービス、ひいては携帯電話を取り巻く文化に至るまで、大きな違いが生じている。日本のビジネスモデルやサービスは、海外の事業者から成功事例として注目されており、その手法を取り入れた例も増えている。具体的には、事業者を通じて販売する端末については、その事業者でしか使えないように制限をかける()かわりに販売価格を大幅に値引いたり、海外版のiモードやボーダフォンライブ!など事業者固有の機能を盛り込んだりしている。 一方、近年の日本では、インセンティブに頼る端末販売政策の限界(市場の飽和による新規契約数の頭打ち傾向)や矛盾(Vodafone 3G端末のSIMロック解除目当ての短期解約や転売)が表面化しており、業界は対策を迫られている。

日本のボーダフォンは、2006年にスーパーボーナスと呼ぶサービスを導入した。これは、割賦販売という形式で、いままでインセンティブに隠れていた端末本来の価格を利用者に意識させる(また、短期の解約や機種変更については、インセンティブの未回収分を直接利用者から徴収する)ものであり、インセンティブモデルの見直しに向けた大胆な試みであるが、利用者の困惑や反発も予想され、その成否が注目される。